青城SS | ナノ
ダンボールが積み重なり殺風景な部屋は、思い出がたくさんあったはずなのに、今ではすっかり私の知らない場所になってしまった。

「悪いな、手伝わせて」
「んーん。ていうかそんなに手伝うこともなかったし」

彼氏のはじめが「転勤決まったわ」と口にしたのは一ヶ月前。東北から関東への移動。「遠距離になるね」「だな」と短い会話をした私は、案外冷静だった。でもそれは、はじめと離れる実感がなかったから。けれど今日、引っ越しの荷物整理を手伝っていて、嫌でもはじめがいなくなってしまうことを実感してしまった。

「意外と物多かったね」
「ナマエの物がな」
「持っていってくれていいのに」
「もっかい自分で持ってこいよ」
「そっか。うん、そうだね」

化粧品に服、その他細々した物は私が持ち帰る。私が使っていた食器と枕は、はじめが持っていってくれる。はじめの部屋の一部となっていた物をボストンバッグに詰めながら、私も連れていってよ。そう考えてしまったことに驚いて、ヤバいって思ったら泣きそうになって。慌ててはじめに背を向け、楽しいことを想像した。

「はじめが向こうにいって落ち着いたら、遊びに行くね」
「おう」
「そしたら観光名所いこうね」
「おう」
「それで、名物とか、おいしい、……ものとか、たくさん……、食べて」
「ナマエ」
「美味しいラーメン屋さん、探すのも、いい、……よね」
「ナマエ」
「ご当地、スーパーとか、さ」
「ナマエ、こっち向け」

鋭い声に肩が跳ねた。腕を掴まれて強引に振り向かされて、見せたくない泣き顔を晒してしまう。

「ご、ごめん」
「なんの謝罪だ」
「泣いて、ごめん」
「謝んなよ。泣かせてんのは俺だ」
「そ、だね。はじめのせいで、明日の顔のメンテは大変、だよ」
「そうかよ」

呆れたように笑うはじめ。どうせならはじめも泣いて寂しがってくれたらいいのに、なんで余裕なのよ。なんで平然としてんのよ。そう思ったら涙が引っ込んで、今度は腹が立った。

「はじめは、全然平気そうだね」
「あ?」
「私は寂しくて悲しくて不安で、涙まで流してるのにさ」
「平気じゃねえよ」
「……どこがよ」
「気軽に会えねえだろ」
「そうね」
「会うのに金と時間かかるし」
「ソウデスネ。……なんか違う。そーじゃない」

はじめは数秒黙って考える。

「何かあってもすぐ駆けつけてやれねえし」
「そうだよ」
「飲み会の後の迎えに行けねえから他の男が寄り付かねえか不安だし」
「そうだよ! 飲み会の後ウエーイって二次会行ってやるからね!」
「離れてる俺より、そばにいるやつを選ぶんじゃねえかって思う瞬間があるかもしんねえし、万が一なんかあった時、それが確信に変わるかもしんねえし」
「な、なんでそうなるの!? なんで不安を煽るの!?」
「お前も二次会ウエーイって言ったじゃねえかよ」

言いました。言いましたとも。でも私はわがままな女なので、自分のことは棚にあげますとも。はじめを困らせて怒らせて甘えたいんだよ。いいじゃん。今だけなんだから。遠距離になったらそんなことも気軽にできないんだから、いいじゃん。許してよ。

「そうじゃなくて安心させてよ!」

あーめんどくせえ。一瞬そんな風に眉間にしわを寄せて、その次にはしかたねえなってため息をつく。そしてはじめはまた考える。私をどう納得させようかって。

「……お前だけだ」
「当たり前じゃん」
「浮気なんてしねえ」
「浮気したらブッコロだよ」
「ナマエもすんなよ」
「私を誰だと思ってんの!?」

もういいだろ。いやいやまだダメよ。そんな視線の攻防を交えて、はじめはまた言葉を探す。そして諦めたように鼻からふんと息を吐いて、腕力にものを言わせ、私の腕を引っ張って抱き締めた。

「好きだ」

久々にそう言ってもらえたな。よし、もう許してやろう。「私も好き」そう伝えながらはじめの背中に手を回す。そうだ、遠距離になったら電話口で散々「私のこと好き?」って聞いてやろう。めんどくさい彼女よろしくやってやろう。

「愛してる」

うん、私も愛してるよ。反射的にそう思ったけれど、アイシテルってなんだっけって一瞬わけがわからなくなって、あれ? 嘘、って意味を理解したら冷や水をぶっかけられたみたいに身体が跳ねた。

「あ、あああい!?」
「結婚すっか」
「け、けけけけ!?」

ダンボールだらけの、カーテンのない部屋の中。ニワトリかよって笑うはじめの腕の中で、私はしばらくコケコケ狼狽えていた。

後日、記入済みの婚姻届を渡された。

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